じゅごんの見物日記

アナログな日記帳だとがたまる一方なのでブログで日記書くことにしました。

中島敦かよ!な出来事

会社帰りの電車から 流れる景色をボ~ッとしながら見たり、

 

目の前の 自分の肩位までの背の高さの女の人の

スマホでインスタグラムをただ大量にみている姿を背後からこっそり見たり 、

 

スーツを着たごく普通のサラリーマンが電車に揺られながら

電車の窓に反射した自分の姿を確認していたり、

 

20代半ばくらいの中肉中背の女性が

派手なマスコットをつけたバッグを苦悶の表情をして

抱えながらねていたり・・・、

 

そんな情景をいろいろみながら

 

あ~

人生って何もしないにしては長過ぎるし

何かしら極めるとなると もうぜんぜん時間たりないよなあ・・・

 

っておもい

それと同時に「今すごいなにか名言的なものおもいついちゃった!」と

激しく興奮して

友人にその自分がおもった名言的なことを自慢そうにいったら

 

「あれ?それってなにか小説の一節じゃなかったけ?」

といわれ

「そんなばかな本あんまり読まないし、私・・・」

といいつつ検索したら、あった。

 

人生は何事をも為さぬにはあまりに長いが

何事かを為すにはあまりに短い

中島敦 「山月記

 

なんですか 中島敦かよ!あたし・・・ 知らないですけど・・・


山月記・・・あまり内容は知らないけどとりあえず

多分中学生のときに教科書に載っていた気がするなあ・・・

なんだっけ中国の偉い人が自尊心が高すぎてよくわんないけど虎になるんだっけ?

よくわからないけど。

 

なんだか知らないうちに内容もよく知らない本に影響されて

あたかも自分の思考のように思っていたのかなあ、情けない・・・と悲しくなった。

 

でも

 

たしかに中学生のときに教科書に載っていたその一節を読んでその記憶があったのだろう

それはそう認める、というか絶対そうだと思う。

ただ大人になってようやくその著者の一節の真意が何となくわかるようになったんだろうなともおもった。(元々のレベルの違いは置いておいて)

 

あまりわかりたくはないが・・・・

もっと楽しいことを実感させてくれ!

 

 

一応「山月記」のあらすじみたいなのをのでメモ

(めんどくさくて読めないから)

 

唐の時代、隴西(いわゆる西)の徴は博学で才もあったため科挙に合格して官吏に就くが、役人とその職務を"賎吏"として蔑んでいた。やがて賎吏で為に一生を費やすよりも詩人となって李白に及ぶ名を残そうと思い立ち、山野に隠棲した。しかし年経ても大成せず、糊口をぐためまた"賤吏"に戻ってしまう。かつての部下は賤吏の上役に昇進し、自身は賤吏となって元部下にコキ使われる日々を送ったため、憤が溜まり遂に徴は発狂して山野に逃げこんだ。

後年、官吏の袁傪(えんさん)は中急ぎのあまり「人食い虎」が出るというを強行する。果たして大虎に襲われかけるが、虎の側が足を止めて藪に逃げ込む。人食い虎は彼の旧友徴(りちょう)の成れの果てであった。彼く、自身が抱えていた「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」により、遂に浅ましき人食い虎に成り果ててしまったのだという。

 

参考: http://dic.nicovideo.jp/a/%E5%B1%B1%E6%9C%88%E8%A8%98

 

ではではここらで!

卒業のない義務教育

今年でもう37歳になる れっきとしたアラフォーだ。

高校生の頃は

40歳手前となればもう結婚をして子供も大きくなって

家庭のいろいろなイベントごとにバタバタしたりしているのだろうと思っていた。

そのことを当然のように

万有引力の法則とほとんど変わらないくらいの地球の決まりごとのように

信じて疑うことはなかった。

しかし実際は 40歳手前にしても結婚ももちろん出産も
なにもしていない自分がいた。

心の中はずっと高校生のままなのに年齢だけ上っていく不思議。

体の物体としての時間経過と 精神としての時間経過なんて連動していない気がする。

 

独身の友人と会うともっぱら話す内容はそういったことで

やれ結婚やばいとか やれ出産いつまでできるかなどと言って

きゃいのきゃいの騒ぐのだが

実際自分が結婚して出産したいのかといわれると よくわからない。

同じ話題で盛り上がるのが楽しいから

みんなと一緒に不安がっておもしろがるのだけど、

実際もう、結婚も出産も自分がしなくてはいけないことなのだろうか?

と思ったりするのだ。

 

したいかどうかもよくわからない。

よほど熱烈に

「結婚したいこの人との子孫を残さねば死んでも死にきれない!」

とか思えれば別だけど。

自分がそうしなければいけない義務があるというわけでもない。

 

 

そしてそういう気持ちになってしまうのは

もう35歳を超えてしまったことも原因しているともちろん思う。

 

世の中の女性が己の人生に何を求めて恋愛して結婚しているのかよくわからないけれど
(ちなみに「家族のためになれるって幸せ」ということはよく聞くのだが

その言葉が本心なのか、それとも対人した時に用意したあった言葉なのか

はたまた何かの本の受け売りか、実際はよくわからない)

 

高校生の気持ちで止まってしまった私の精神としては

35歳からの恋愛も結婚もなにも もう義務みたいな気がしてしまているのだ。

学生のころの夢みるキラキラのない ただのリアルな義務教育。
卒業のない義務教育のようなイメージ。

 

なによりも

大人になってからの恋愛は若い時のような美しい妄想をすることも

学園という子供達の檻の中で制限されたような状況ならではの

ロミオとジュリエット効果がバンバン稼働してしまうような恋愛もないだろう。

 

それに30歳超えて恋愛をしたら それはもう、結婚を前提にしなければいけないような形になる気がする。

それはおそらく自分が結婚を望まなくても、周囲から結婚するのは当然であろうと思われ望まれる恐怖。

半ば強制的に結婚という惰性的に選択をするのかもしれないという恐怖。

 

結婚したら子供を持たねばならないという世間的な強要・・・

おそらく子供が成人になるまでずっと子供につきっきりになるであろうという

気が遠くなるような感覚。

 

 

いろいろぐちぐち理由を並べていて少し思った。

 

わたしはまだ私を相手にしていたいのだなあ と。

 

こういうとよく周りに、

「家族を作ることで自分を成長させることができる」

とか

「子供が自分を大人にしてくれる」

とかいろいろ言われるのだが。

(・・・・そもそもなぜ周りがそんなに自らの思考をこちらにぶつけてくるのか

その真意は良くも悪くもさまざま考えられるのだが)

 

とにかく私は まだわたしといたいのだなあ・・とおもうのだ。

 そのことを人にどうのこうのしなくちゃいけないとか自分の価値観を勝手にいい放たれると

大人気ない私はついついいらっとしてしまうのだ。

 

「そんなに私の人生にはいりこもうとして お前は裏の世界の首謀者なのか?!
自分の知り合いに子供を増やすことで人類に何かしようとしているのか?」

とくだらないが一瞬思ってしまうのだった。

 

多少 大人らしくその人の頭の中を考えてみると

おそらくその価値観のおしつけは 

「私は間違っていない」ということを認めて欲しい とか

自分は多数派でありたいからどうか私と同じ状況にあって欲しい とかなのかもしれない。

 

これも私の勝手な解釈だからその真意はわからないけれど(おそらくその人自身も)、

なんとなく もう「多数派」とか「少数派」とはないんじゃないのかなだなんて

おもってくる。

いわばもう「個人派」のような。

そうグループになっていないその人そのものだけ。

きっとそうなっていくような気がなんとなくしているので

「大丈夫だよ、多数派が正しいとか 敵も味方もきっとないよ。」

とか言ってやりたい。

 

そんなこといったらすごい剣幕で怒られそうだから言わないけどね。

ではでは

 

 

頭に突きつけられるピストル

 

約1年ぶりにはてなブログを開いた。

 

 

ちょうど1年前 この日記を書き始めたみたいだ。

その時は「トンマチ子」という名前で毎日日記を書いていこうとしてたみたいだ。

 

そう その時は転職したてのIT会社で、社員の意識が高すぎて真面目で会社の人間関係ががつまらなくて

頼まれる仕事も対して重要度も低く タスクも少なく 仕事自体もつまらなくてつまらなくて

毎日 会社から歩いて5分のイタリアンバーでひとり白ワイン一杯を飲んでいた。

そのバーでもすることがなくてつまらなくて

じゃあ毎日日記を暇つぶしに書こうと思い ノートパソコンを持ち込んでいたのったのだが

三日坊主という言葉そのもののように まさに三日でブログの更新は終わっていたようだ。

 

初めの3日間の日記を読み返すと

ちょっとちゃらけた感じを出したかったみたいだ。

なぜならその時あまりにつまらなくて

毎日みうらじゅんの楽しいインタビュー動画を見ていたからそれに影響されたのだろう。

単純に憧れてみうらじゅんのように楽しい人になりたいと思って

ちょっと面白い内容にしようと一瞬頑張ったみたのだ。

でもその頑張りはきっとわたし本人にしかわからない頑張りだ。


あれから数ヶ月して今は転職して比較的友達の多いこれまたIT会社で

それなりに楽しくくらいしている。

会社の仕事もどちらかというと楽しい内容だ。いや、楽しい内容だ。実際楽しい。



1年前は毎日早く転職せねばと焦燥感でいっぱいいっぱいだったけど

今は今で 会社の仕事以外で何かしないといけない、と ずっとずっと焦っている。

 

もっと自分自身の仕事を持たなくちゃ。

もっともっと会社に入らなくても技術生きていける使い回しのできる技術を持たなきゃ。

もっともっともっともっと自分にしかできないことをしなくちゃ。

 

自分の感覚としては焦燥感を超えた感じだ。
感覚としては 突然 頭に背後から何かを突きつけられた気配を感じ


「今頭に突きつけられているのはピストル?それともなんでもないもの?
そもそも誰がつきつけてきているの?

そもそも人はいるの??でも兎に角まずこの状況どうしよう??!」


といった 恐怖で背後を確認できずにいる状態に近い。

 

「どうしよう早く、早くしないと わたしなにも残せないまま死んじゃう!」
(・・・なんといったら大袈裟なと思われるかもしれないが・・・)

実際そのくらい本当に焦っている。

毎日焦っている。

焦りまくっているがどうしたらいいのかわかっていない。


もし背後を確認するために振り向いたら

おでこの真ん中に銃口当てられて
もうそこでバーーーン!と終わってしまったらどうしよう。


わたしは人生でなに一つとして残せていないのに・・・・!?

 

・・・ま、ではではここらで。

 

 

 

今日もバ〜からおとどけ。

そうなんです
渋谷のとあるバーからお伝えしてます。
場所は秘密なんですけどね。あ〜〜〜〜うむ

ふ〜〜転職しようかな・・・・転職。。。

転職しすぎなんじゃなですかね。けっこう5回くらいしている気が・・・・
てかいつ いつ転職するの終わるんですかね?
てかなんで転職するんでしょうか??

まあ ここだけのはなしなんですけど
*勤務形態がこの先不安(派遣法の改定)
*時給なので、残業しないとお給料に問題
*会社内のつながりが薄いからつまらない

という理由から、わたしは転職したいんですよね。
でも案外メリットってこのデメリット由来なんですよね。
*時給制だからこそ、早く家に帰れる
*非正規だからこそ心にストレスがあまりない
*会社のつながりがないからこそ、人間関係で悩まない。

なんとなくだいたいなんですけど、メリットとデメリットがなんというか
同等なんですよね、相殺してハイ、ゼロ!みたいな。

このかんじのことって、結婚もししたからといってもずっと変わらないんだよな。
結婚して旦那さんがいて初めはまあ新鮮で楽しいけど
やっぱそういう刺激って継続するとだれてきちゃうから、二人で暮らしていても
結局自分そのものにもどるんだろうなあ。

そうおもうと自分どのもので満足出来る生き方をできないことには
一生居場所ないとかで嘆くの嫌ですからね。

そうですね、もうわかっているんですけど
自分が一番どうしたいのかが重要なんですよね。

これって本当にむずかしいんですよ。
まず・・・・・・
おしゃれに生きたい。そうね、気分的には・・・誰かな。
こういう模範としての例がちかくにいないからさらにわからないんだけど

そうね、お金に困らない生活。そしてお金をもっていても、無駄な使い方をしない、けっこう側から見るとケチに見えて実は金持ち。出すときは出す!でも無駄な使い方はしないからチープなものをつかうんだけど、なんならもうその独特のセンスゆえに何使っても何着てもおしゃれに見える!これ重要ですよね?!

センスとお金!これまず人生において大切だとおもう。

あとは〜〜〜・・・ あ、本当かあんまり買わずに図書館でやったら借りるのね。
これすでに実践済みだけどさ。


あとは、、、、仕事、、、、仕事転職。。。。
転職して何をもとめるのか???
*安定したお金
*それなりにたのしい人間関係


それくらい。しかも安定しているか、たのしいのかはまあ当たり前だがわかるわけがない。それはいいんだが・・・・・でも案外これだけのなのか??仕事内容な???


あ〜〜〜今んとこお金と人のことしか考えてなかった。

将来どうしたいのか???

どこに住みたい??どういう会話をしていたい??何をたのしんでいたい??
どんなライフワーク??どんなお家でどんなひととなかがいいの?



みなさん こういうの・・・・なんとなくでもイメージできます?!


これ本当に難しいですよね。
なんだろうな〜〜〜〜〜〜〜何をしたかったっけ子供の頃。
子供の頃は漫画家とお医者さんになりたかったんだよね、手塚治虫かよ!
つまりちいさいころからなんでもしたかったんだとおもう。
ちょっとまって この続きは明日考える。


あ、これ情報でもなんでもないですよ。
ただの自分の今後の進路について書き留めいるだけなんですけどね。。。



やさしいきみは

お疲れ様です、トンです。

今日は朝から仕事が暇だったもので
ずっと老後の心配をしておりました。
いと不毛なり。

先々の不安など気にしても何にもならないんだとわかっているのですが
きになるものは気になる・・・
きになるから考えると 空恐ろしいことばかり考えてしまうわけで。。

なんなんですかね

どうなったら一番「これだ!」ってなるのでしょうね?!
怒りすら自分に覚えます。

最近はアンパンマンの歌を本当によく思い出すのです

♫何が君のしあわせ 何をして喜ぶ〜

え!?何が・・・何が私の幸せ?!
えええ・・・・何して喜ぶかな、、いいお洋服買った時?
お金がいっぱいもらえたら?
人に頼られたら?

え・・・・わかんないんですけど。。。
喜んでも 幸せと思ってもそれって全部刹那的なもので
なんか・・・わかんないです、、アンパンマン。。。


やなせたかし先生はさすがにこの国民的なアイドルにすら
ヘヴィーな問いかけをのせてくるなあ。。


あ〜 もうアホみたいにパーティーをやんや楽しむ外人になりたい。
外人さんに対する偏見ですが。。


♫愛と勇気だけがともだちさ〜

ちいさいころは これ「友達いないじゃん!」ってわらってたけど
アンパンマンは真実をいっているんだよな
そのことにウン十年後に気づこうとは・・・

そう結局は自分しか頼れない。
自分にしか寄りかかれない。
自分しか頼れないのに、みんなに我が身を削るなんて・・・

アンパンマンの精神本気ですごいわ。



あの・・・・



尊敬しても、いいですか。



Ton






お初

お初目にかかります、とん マチ子 と申します。

これと何も主張もなく、

これといった熱い思いもないのですが
ただ 習慣として日々の思いを文章に起こしていこうと思います。

これといって 何もないんですけど・・・
むしろ何もないからこそ・・・かもしれません。


何もないけど、何か書いていたら何かにハッと悟りチックに閃くのではないかと。
まあ そんなひらめなかくてもいいんですけど。

(いや本心ではひらめきを強く望んでいます。切望してます。)


どうぞお見知り置きを・・・

(とくにお見知り置きをしていただかなくてもいいのかもしれませんが。)

ちなみに、この「お見知り置き」という言葉、

長らく生きてきて今初めて正しく学びました。


いつも

「おみしおき?を・・・」

とか
「人見知り置き?」
とか
「おみそしるいり・・?」
などいまいち掴めない日本語でして

最終的にまあギャグですというテイで
「お味噌汁入りお願いします!」
と言っていたものです。

お見知り置き 今日ちゃんと学べて良かったです。

なるべく毎日書きたいんですけど
たぶん無理しょうね。

自分にあまり期待をかけすぎないように。

足るを知る。
足るを知るものは、富む。

もう「富む」とか期待しちゃっているところで
すでに「足るを知っ」ていないというところが最近気になります。

無欲といってても

欲があるからこそ「無」の概念が出るんじゃないんですか〜 みたいな

まあいいです

はじめからあんまり書くと自分に疲れてしまうので
この辺で・・・

Ton